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「嗜好の世界はおとなの世界なのだ」-4

「嗜好の世界はおとなの世界なのだ」-4

「紅茶のおいしさは渋みだと仰いましたが、今の若い人々は渋みを敬遠する、また、知らない人々が増えてきているのではないでしょうか?」
 
「それは大いに言えると思います。 渋いと言う表現が使われなくなってきたのも、渋みの良さを理解できる人々が少なくなってきている所為だとも思えます。 あの役者の演技は渋いとか、中年になってきて渋みが増した、と、言ってもそのニュアンスを理解できる、イメージを解することが出来ないのは少しばかり寂しさを感じます。
 
言葉自体が死語のようになってきたのですから、早晩日本からは渋みのおいしさが消えていくかも分かりません」

 
  「古来日本では緑茶文化がありお茶の渋みを楽しむ素地が豊富だったのですが、アメリカからファーストフードやジャンクフードが入り込み簡便性が売り物の食生活に変わってきたことも影響しているのでしょうか?」
 

  「それらの影響は大きいと思います。今や豊かな日本は世界の食べ物が居乍らにして味わうことが出来ますが、それが無秩序になり日本のお家芸で和洋折衷の無国籍料理がもてはやされます。
 
  食文化のボーダーレスもビジネスとして無知と無定見で珍奇性を売り物に暴走しているかのような動きも困り物です。昨今の若者はマヨネーズさえあれば良し、これでは微妙な和食のおいしさを理解するには程遠い【腐った舌】になってしまいます。
 
  アイデンティティを失くしてきている日本人と言われたりしていますが、大袈裟に云えば食からの影響も大きいのではないかと思っています」

 

2017-04-10 20:08:04

インド紅茶マスター   |  コメント(0)

 

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