たかが紅茶 されど紅茶
たかが紅茶
初めての頃は♪“下を向いて歩こう”♪♪でないと何の排泄物を踏むか分からない上に暑く、人の行き交いが多い狭い場所にも排気ガスを撒き散らす年老いた車がクラクションを鳴らしながら突き進んで来ます。
そんな街の雑踏の路上や屋台で大鍋にミルク、水、茶葉、スパイス、砂糖等を入れ、煮立たせて透明感の無くなったグラスや素焼きのカップで飲ませてくれるチヤイ・マサラチヤイと言う甘ったるい紅茶があります。昼食時になるとこの様な場所でも沢山の人々が食事をし、チヤイを飲んでいます。
我々はその横を通りながら冷房のよく効いたレストランに食事をしに行きますがあのエネルギーに圧倒されて食欲無し、ましてやチヤイを試飲するなんて気持ちもサラサラ起きません。あのようなゴッタ煮の不衛生極まりない物を紅茶とは認めない、認めましぇ~ん。そんな気持ちが長くあったので街中でチヤイを飲むなんて事は全くありませんでした。
ところが人には初体験というものがあるものです12~3回目の訪印で初めて行ったベナレス(ヴァーラナスィー)のガートで飲んでしまいました。日の出の沐浴(太陽が昇ったら沐浴とは言いまセ~ン!あれはお風呂に入りに来ているのデ~ス!とガイドのサンジーブ君が言っていました)を見、マニカルニカガートで火葬を二時間ほど見てからガートに戻りそこで飲んだチャイが非常に旨かった。
あまりに旨いのでお代わりをする、と その時、眼の前をたゆとうと流れるガンジスの水の色と今飲んだチャイとソックリ。『サンジーブこのチャイは聖なるガンジス河の水を使って作っているからひとしお旨いネ~』『僕お代わりは要らないからネ、中須さんも飲まない方がイイヨ』
と 彼は言っていたが私はキッチリ二杯目も頂きました。(注)けっして?多分?ガンガーの水を使っていないので御安心下さい????
以前にはチャイの作り方は聞いて知っていたので時折作って飲んでいましたが本場のチャイはもっと濃厚で実においしいのです。それからは時々来社される方にマサラチャイをお出しすると一様に“おいしい”と反応があります。
その前にダージリンのファーストフラッシュやセカンドフラッシュの最高品質の紅茶をサーブしているのに反応はイマイチ。確かに紅茶のおいしさが分からないとおっしゃる方にはこのようなミルクで煮出した紅茶の方が馴染み易いかも分かりません。味をシッカリ抽出しミルクで和らげてあるのでおいしいのですが、濃厚さを消してしまうとおいしさが半減します。
これをもっと手軽に簡単に飲める様にして欲しいと要望がありましたが、なに分にも当方はコダワリの紅茶しか眼中になく(と言うと非常に格好よく聞こえるかも分かりませんが、実のところは後発で弱小の生きる道は僅かなスキ間をターゲットにして行くしかありません。)
しかし他社からそのような商品はなかなか出てきません。ベナレスへ行ってふっ切れついでにとことんインドと混わって行くか、今まで拒否し続けた缶入りにして、デザインもインドを前面に出し出来得る限り本場のいろいろのチャイを実現するため、ノンスパイスのチャイ、シナモンチャイ、マサラチャイの三種類を出そう。
茶葉は日本の水を考慮してアッサムのギリダリー茶園の茶葉を使用、スパイスは充分に吟味して特にシナモンは舌をさすような刺激性を押さえた甘い香りがする上質の物を使用。テストにテストを加えようやくブレンドの配合を決定し発売にこぎつける。
インドの国民的飲料で水分、栄養補給に欠かす事の出来ないチャイは高級ホテルやレストランのメニューにはありません、Black Teaというポットで蒸らす紅茶が定番です。(しかしこれとてたいした品質の茶葉を使用していません。)
インドでもチャイは“たかが紅茶”の扱いなのかも分かりませんが五つ星のホテルでオーダーすると断られるケースもあります。しかしあんな不味いBlack Teaを飲まされる位ならチャイの方がはるかに旨い。チャイは今日もインドの人々の活力の元となり、人と人との繋がりの潤滑油となって一日に何杯となく飲まれています。
このチャイとパコラ(インド風野菜のテンプラ)の取り合わせが実にいい。チャイの甘さとパコラに付けるケチヤップのピリットした辛さが合います。中食のスナックとして北インドではポピユラーです。
ぜひ一度お試しあれ。出来れば日本でもこの様なチャイ屋が簡単に出店出来たらもっとお茶を通じてコミユニケーションが高まる事でしょう。
されど紅茶
「私、イギリスのダージリンをいつも飲んでいますのヨ」昔は、よくこの様な表現でお答えになる方がおいでになりました。正確な表現となると、イギリスのパッカー(包装業者)が販売しているダージリンを飲んでいると言う表現になります。
イギリスは生産国ではなく、輸入した茶葉をブレンドして世界に販売している国です。紅茶、イコール イギリスのイメージが我々日本人に強くインプットされているために誤解をしてしまうのでしょう。英国皇室御用達のイメージで優雅さ、上品さが日本人のあこがれを誘い、雰囲気重視の飲み物となってしまった観もあります。
近年では、おいしい紅茶の点て方の普及活動、広報活動が活発になり紅茶に関心をお持ちになる方が増えて来ていることは非常にありがたくうれしいことです。少しでも多くの方が“色だけの付いた“紅茶湯”から卒業して、しっかり味が抽出された紅茶のおいしさを楽しんでもらいたいものです。
“しっかり”が行き過ぎてポットに茶葉を入れたまま、2~3杯分を供されることがあります。一杯目は良いのですが、二杯目・三杯目となると、浸出時間をどんどん経過して渋みが増して行きます。それはお湯で薄めるか、ミルクで渋みを和らげるかで調整してくださいと言うことでしょうが、渋みだけではなく厭な味まで出てしまいます。
このような場合には、充分茶葉を吟味して中級品か、むしろ下級品に近いものを選ばれると“エグミ”はそう出て来ないと思われます。上級品と言われるものは、浸出時間を守りルールに則って点てられたらおいしく飲めますが浸出時間が過多になると、イヤな味までも引き出してしまいます。いい味をもっているものは、時にはイヤな味をも合わせ持っています。(人間にも当てはまるかも?)
一度出たイヤな味は、お湯やミルクで調整しても消し去ることは難しいでしょう。
特にダージリンテイーは、香りと渋みを楽しむには最適ですが、お湯やミルクで同じように調整する飲み方をしたのでは非常に勿体ない、むしろすべきではないと思います。
カップ一杯分をきちっと点てて、ベストドロップ(最後の一滴)まで抽出して供するのが適当と思います。何もそこまでと思われるかも分かりませんが、近年日本には非常に高品質の紅茶が輸入されて来ています。簡単なルールを守って頂くだけで紅茶本来の持つデリケートな味・香り・水色を楽しんで頂けます。
日本の人々は緑茶文化を持ち、デリケートな風味を理解できる素地があると言われています。この緑茶文化も茶道と言う精神性を重んずるものに昇華して行き、家庭や職場からの日常性から少し掛け離れて行っているようです。
ところがブレンド国であるイギリス、生産国であるインドでは国民的飲み物として今もなお一日に5~6杯は飲用されています。なぜそれ程までに支持されて居るかというと、味をしっかり抽出しているからです。下級茶であれ、中級・上級茶に至るまでこの味が抽出されていなかったらここまでは支持されなかったでしょう。そろそろ日本の紅茶文化を作り出しても良い頃になって来て居るのではないかと思います。
ムードだけの紅茶ではなく、味を楽しむことが出来る環境が整い、世界の生産地から旬の紅茶を入手出来ます。農作物ですから新鮮な内がおいしいに決まって居ます。簡便性やスピードばかりを追い求めて自分を見失っていませんか?
少しペースダウンして自分を取り戻しましょう。ここらでチョットひと休みしてテイータイムはいかがですか。
それも出来たら、男性が紅茶を点てて、まず手始めに彼女に、又は奥方をもてなすことをして欲しい。この“もてなし”はもっともっと男性にして欲しい。お気に入りの茶葉を見つけて来て、それに合うお菓子を捜し出してくる。そうすると今まで見過ごして来たことや見えなかったことが見えて来たりします。
私は基本的に“渋くなければ紅茶ではない” “苦くなければコーヒーではない” “甘くなければお菓子ではない”と思っています。甘みを押さえたお菓子で、お砂糖を半分だけ入れて飲む紅茶の取り合わせほど“マズイ”組み合わせは無いと思っています。これで糖分を控えめにしたと思われているかも分かりませんが、そんなことはナンセンスです。
それよりも甘みはお菓子で取り、紅茶はプレーンで飲まれる方が遥かに両方をおいしく頂けます。茶葉によって渋みの強弱があります。どの程度の渋みがおいしいと感じられるかで、あなたの茶葉選びが決まってきます。それによってお菓子の選び方も変わって来ます。
最上級のダージリンのフアーストフラッシュは、若々しい清冽な渋みを特徴としますのでシンプルな甘さの和菓子の落雁なども合うと思います。ところがダージリンのセカンドフラッシュになると、少し濃厚な甘さのフルーツケーキのような洋酒が入っているお菓子ですとブランデーや、ラム、コアントロー、グランマルニエ等風味と絡まり合いそれでいてそれぞれの香りが読み取れます。安定した円熟味がこの濃厚さと釣り合いバランスが取れるのでしょう。
フアーストフラッシュとセカンドフラッシュの違いは何ですか? とよく質問されます。フアーストは若者の溌剌さ、青っぽさ、元気さ セカンドはロマンスグレーの安定味、成熟味と例えたりします。又、男性からの質問にはフアーストは乙女の味で、セカンドはマダムの味ではないかと表現したりすることもあります。
フアーストのダージリンを飲むときには、それなりの気合いを入れて飲まないとあの溌剌とした味に押されてしまいます。セカンドのダージリンになると、そう構えて飲まずとも優しく包み込んでくれるような安心感があります。その時々のあなたの気分、コンデイションに合わせて飲み分けて頂くのが一番おいしい飲み方でしょう。